愛される姫の話
 2.幸せは誰のもの?

「ラティス!ラティス!!!」
 ユリエルの不安げな声が部屋に響く。
「ラティス!!!」
 何度も呼ぶ声に、ラティスはゆっくりと目を開いた。
「……、何?」
 耳を塞ぐような動作をしながら身を起こした。どうやらユリエルの声がうるさかったらしい。
「何じゃないわよ!すごくうなされてたわ。一体どうしたの?」
 不安げなユリエルの表情を見て、少し考えたように言った言葉は……。
「心配?」
 その言葉にユリエルは、さらに不安そうな顔をした。彼女がそういう表情をラティスに見せるのは珍しかった。しかし、彼女は素直に頷いた。
「心配よ。あの時、……、あの魔法を使って寝込んだときと同じような表情してたわ」
 あの時のことは、ユリエルにとってとても恐ろしい出来事だった。ずっと目覚めないのではないかと思ってしまうほどに。それでいて、苦しそうなラティスの表情。見ていて不安でたまらなかったのだ。

「何か、嫌な夢でも見たの?」
 そう尋ねたユリエルに、ラティスは何かを応えようとした。しかし、また口を閉じた。しかし、それをユリエルが許さない。
「ちゃんと言いなさい!心配したのよ!?」
 怒ったユリエルに対して、ラティスは少しぼんやりとしながら、彼女を見つめる。一瞬ドキッとしたが、騙されてはいけないとユリエルは心の中で首を振る。
「……、小さい頃の夢をみた、気がする」
「小さい頃?記憶が無いって言っていた?思い出したってこと?」
「いや、そんなにはっきり見たわけじゃない。色んなものが邪魔してよくわからなかったけど、小さい頃の夢だったような気がした」
 ラティスはそれだけ言うと、突然立ち上がった。
「ラティス?」
「散歩してくる」
「え、あ、じゃあ、案内するわ」
「いや、いい。1人で行く」
 そう言うとさっさとラティスは部屋を出て行った。
 同行を拒否されると思っていなかったユリエルは、彼が出て行った扉を見ている他無かった。
    

 *** ***

 1人廊下を歩き始めたラティスはさっそくしまったなぁと思っていた。
(やっぱり一緒に来るべきだった)
 そう思ったのは、3人の姉兄弟を目の前にしていたからだった。
 まさか出て数分でこの3人に出会うとはまさか思うまい。
(1人で考えたかったのになぁ……)
 あとの祭りとはこの事だ。
 
 姉は、ラティスを睨む。
 兄は、涼しそうに微笑んでいる。
 弟は、完全に敵意むき出しだった。

 ラティスは大きくため息をついた。
 当然3人に聞こえないはずがない。

「ちょっと、何ため息ついてんのよ、失礼しちゃうわ!」
「本当ですね、失礼ですよ」
「ってか、ユリエルお姉さまを置いて帰ってよ!」
 どうやら相当嫌われているらしい。わかってはいたが。
 ラティスも残念ながらこれぐらいで傷つくタイプではないので、相変わらずの無表情でスパッと応える。
「イヤだね」
 残念ながら弟の言葉にしか答えていなかったが。

「はぁ、ユリったらなんて可哀相なの。こんな無表情無関心王子が旦那なんて!」
 姉は遠慮が無かった。
「今からでも遅くありません、なかったことにしてもらえませんか?」
 兄は微笑んでいるが、目が笑っていない。
「そうだそうだ!お前なんてユリエルお姉さまには似合わないよ!ユリエルお姉さまを返せ!」
 そして、残念ながら先ほどの言葉を繰り返した。
「イヤだね」
 
 その言葉に、姉がわなわなと体を震わせる。
「あぁああああ!!もう見てるとイライラするわ!その無表情!!ちょっとは変えてみなさいよ!」
「ユリエルはきっと苦労しているんでしょうね」
「ユリエルお姉さまが苦労!?お前、何ってやつだ!ユリエルお姉さまに苦労させるなんて許さないぞ!」
 3人の言葉を聴いているのかいないのか、ラティスは少し眉を寄せた。その様子に兄が気づく。
「感情が読めない人の側にいることほどつらいことはないでしょう。楽しいときに共に笑えない人と、悲しくても涙も流さないような人と一緒にいて果たしてユリエルは幸せでしょうか?」
 
 ラティスは自分が無関心だとは決して思っていなかった。
 確かに興味を持つものは少ない。しかし、興味が湧けばそれなりに調べたりもするし、それについて考えたりもする。
 しかし、彼自身納得していることが1つある。
 それは自分の表情。
 
 笑うってどういうことだ?
 
 いつからかまったく表情が変わらなくなった。
 特に「笑う」ということができなかった。
 意識してやるものでもないはずが、全く出てこない。
 しかし、だからと言って何も困る事はなかった。今までそれについて深くなやんだこともない。自分はこういうものなのだと思っていたから。
 
 それが他人に影響するものだろうか?

 何度か、陰口を言われた覚えはある。
「笑いもしないのよ、殿下は」
「ホント、何考えてるかわからないし、気持ち悪いわね」
 しかし、それにすら興味が無かったため、気にすることではなかった。

 だが、ユリエルは?
「ユリエルが、今、幸せではないと?」

 ラティスの言葉に、3人が3様に頷く。
 
「そうか」
 
 それだけ言って頷くと、ラティスは3人に背を向け歩いていった。
 残された3人は、わけがわからんという表情をして、しばらく立ち尽くした。

 *** ***

 部屋に戻ると部屋の前にカイがいた。
「ラティス殿下!よかった、迷子になっていないかと心配したんですよ!」
「……、お前来てたのか」
「殿下の近衛騎士なんですから来るのは当然でしょう!?」
 悲しそうなカイをよそに、ラティスは部屋の中に入った。
 
 部屋に戻ると、レーニアが1人でいた。
「お帰りなさいませ」
「ユリエルはどうした?」
「ユリエル様は王妃さまにご挨拶してくると出て行かれましたが」
「そうか。レーニア、僕の荷物を全部片付けろ。ユリエルのはそのままでいい」
「え?えぇ??どういうことですか!?」
 レーニアが慌てて尋ねると、ラティスは無表情で言う。
「帰るぞ」
「え、ええ??帰るって一体どこに!」
 焦るレーニアにラティスは、静かに答えた。
「僕の帰る場所は、ギルバしかない」
 それだけ言うと、レーニアに背を向け部屋を出て行った。
 外でもカイに「帰るぞ」と言う言葉が聞こえた。
 
 レーニアは呆然としつつも、懸命に頭を回転させどうすべきかを考えた。


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