愛される姫の話
 3.気づいて欲しいこと

 当たり前ではあるが、ギルバから来た何人ものお供は、ラティスの言う事を聞く。彼が帰るといい始めたら、帰る準備はあっと言う間に整う。
 ただカイが不安気にラティスに尋ねる。
「あの、ユリエル様は……」
 ギロリと目で睨まれ、(いや、実際にはいつもの無表情を向けただけなのだが)カイはそのまま口を閉じた。
 
 ここはもう城下町の外。
 行きは馬車に乗っていたのだが、今は馬に乗っていた。どうやら馬に乗れるらしい。黒い毛並みの立派な馬にまたがり、そこから見えるフラーシアの城を少し眺める。
 しかしすぐに視線を逸らす。

「行くぞ」

 ラティスの言葉に、全員が動き出した。
 カイだけが何度も後ろを振り返る。
 一度も振り返らないラティスの背を見て、カイは唇を噛む。戻ってユリエルを連れて来たい、ラティスのために。しかし、自分は近衛騎士。ラティスの元を離れるわけにはいかない。

 カイはこの無表情の主人を決して嫌っていない。確かに、何かと切なくなるようなことも言われるが、彼の優しさも十分に知っている。カイはまだ若い近衛騎士ではあったが、数人いる近衛騎士の中では一番長くラティスに仕えている。
 正直数人という数自体おかしいのだが、ラティスの態度に耐えられずやめていく騎士が過去に何人もいた。

 最近とても大きくラティスの変化を感じていた。
 それは、ユリエル結婚してからだ。最初の5日間は例外だが、目に見るようにラティスの態度が変わっていった。
 それをカイはとても嬉しく思っていた。
 ラティスが幸せそうであることに。

(それなのに、どうしてラティス殿下はユリエル様を置いていかれるのか……)
 はじめからこのつもりだったのか。
 カイにはわからない。
 ただ、ラティスを守るために側にいる他ない。

 
 *** ***

「ユリエル様!!!」
 フラーシアの王妃である母に挨拶をし終えたところだった。
 レーニアが泣きそうな顔でユリエルのところに来た。
「どうしたの?」
 わけがわからずユリエルが尋ねると、レーニアは泣きそうな声で話す。
「ユリエル様、ラティス殿下と何かあったのですか?!殿下が、ラティス殿下が……!!」
「わからないわ、落ち着いてレーニア」
 ユリエルは何とかレーニアを落ち着かせて事情を聞きだす。
 それにはユリエルも驚きと戸惑いを隠せなかった。
「一体、どうして……?」
 
 ラティスがユリエルをこのフラーシアに置いて行こうとしている。

「……、私、何かしたのかしら……」
 ユリエルが不安げに考えていると、後ろから声がかかる。

「ユリ〜〜!あの王子帰る見たいね!」
「これで一安心ですね。ユリエルには幸せになってもらわないと」
「ユリエルお姉さまが苦労するなんて絶対許せないもん」
 姉兄弟それぞれの言葉を聴き、ユリエルが静かに微笑んだ。

「……一体私の夫に何をおっしゃったのかしら、お姉さま方、教えてもらってもよろしいですか?」
 その目は決して笑っていない。

 その微笑に、3人は固まった。
 あはははは…と乾いた笑いが廊下に響いた。

 *** ***

 真っ青な空。雲1つないすっきりとした空。
 暖かい風が通り抜ける。 
 馬の蹄の音が響く。
 
 小さく小さくではあったが、何かが近づいてくる音がした。
 カイは不思議に思いながら、耳を澄ます。
 どんどんと近づいてくる。蹄の音。早い。
「ラティス殿下、何か近づいて来ます。申し訳ありませんが、隣に並ばせて頂きます」
 真剣な様子のカイに、ラティスは無言で頷いた。
 
 ラティスにも次第にその音が聞こえていた。
 カイはラティスを守るように隣に並びつつ、後ろを振り返る。そして、ふと気づいた。
 しかし、カイは緊張した表情を緩めることなくラティスに声をかける。
「殿下、少し隊列から離れましょう」
 カイは他の近衛騎士に、このままギルバに向かって進むように言ってから、ラティスと共に隊列から少し離れて走り始めた。

「一体何が来たんだ」
「恐ろしいものが」
 眉を寄せたラティスは後ろを振り返った。
 そこに見えたのは、馬に乗ったレーニアとユリエルだった。
 レーニアが手綱を握り、ユリエルはその後ろに乗っている。
「カイ……、どういうことだ」
「どういうことでしょう」
 カイはようやく緊張の表情を崩し、笑った。
 同時にラティスはため息をついた。

 ユリエルとレーニアの乗った馬はすぐにラティスの隣に並んだ。
 ラティスは、2人の馬とカイの馬に挟まれるように走っている。ある意味包囲されていた。
「……ラティス、止まりなさい」
 ユリエルの静かな命令に、一瞬ラティスの手がピクリと反応する。しかし、応じない。
「ラティス!!!」
 ユリエルが声を上げた。
 
 彼女は、泣いていた。
 その涙に驚き、ラティスの手は止まった。馬がゆっくりと進むのを止めた。

 それぞれ馬から下りると、レーニアとカイは気を利かせてその場を離れた。と言っても、近衛騎士のカイはラティスから離れすぎるわけにも行かず、見える範囲にいるのだが。

「……、何で置いていったの」
 ユリエルの涙はまだ止まりきってはいない。
 応えないラティスにユリエルはもう一度言った。
「何で置いていったの」
「……、ユリエルは、僕と一緒にいても幸せじゃない。ユリエルはフラーシアにいた方が幸せだ」
 ラティスの言葉にユリエルは、キッと顔を上げた。
「勝手に決めないでちょうだい!私がいつ幸せじゃないと言ったの!?」
「でも君は、ここにいた方が笑っている」
「久しぶりに家族にあったのよ、笑うのはおかしいこと?」
「僕は笑えない」
 シンと静まる空気。風が草を揺らす音が聞こえる。
「僕は笑えない。いつからか忘れたし、最初からだったかもしれない。僕は笑えない。君が笑うときに、一緒に笑う事ができない」 
 ラティスはいつもと変わらない無表情。ユリエルから目を逸らす。
「僕は、ユリエルに笑っていてほしい。だから置いていく。その方が、ユリエルは幸せだ」
 ラティスの言葉に、ユリエルは体を震わせた。

「何度も言わせないで……。私が幸せかどうかは、私にしかわからないでしょう!?少しは気づいて!私、あなたといて不幸だ何て思ったことないわ!確かに無表情だし、無関心なのかもしれないけど、でも、私は今の暮らしを楽しんでるわ!十分に幸せだと思っているの!政略結婚かもしれないけど、それでも相手があなたでよかったと思ってるの!あなたもそう思っていると、少しぐらいそう思ってくれてると、思ってたのに……」
 再び涙を流すユリエルにラティスは、手を伸ばしかけて、また止めた。
「私の帰る場所は、ギルバよ。私は、ユリエル=ギルバなの。私は、あなたの妻よ?あなたと一緒にいないで、誰と一緒にいればいいの……?」
 ユリエルの言葉に、ラティスが顔を上げた。

「……、ユリエル。僕は君が好きだ」

 なかなかに衝撃的な発言に一瞬ユリエルの涙が止まる。
 ラティスがユリエルに対して「好きだ」と言ったのはこれが初めてだろう。
「最初は正直どうでもよかった。結婚相手とか、興味なかった。でも、ユリエルのことを知って、だんだんと欲が出てきた。君と話したい、君の笑顔が見たい、君に好きになってもらいたい、君に触れたい……」
 無表情、いつもと変わらない表情のはずなのに、ユリエルは違う表情を見ている気がした。体中が熱くなっていく気がする。
「でも、君を幸せにできるとは思えない。色々嫌な予感がするんだ。君を苦しめるんじゃないかと」
「今、私は十分苦しめられてるわ。あなたに置いていかれて」
 ユリエルの言葉にラティスは口を閉じて、さらに目を逸らした。
「それに、私はべつに幸せにしてもらおうなんて思わないわ。自分で掴むのよ、そういうものって。そうでしょう?」
 ユリエルが笑う。ラティスは少し目を見開いた。 
「私、あなたと一緒にいたい。それが今の私にとっての幸せの掴み方よ」
 ラティスは、ふぅと大きくため息をついた。
 ユリエルが眉を寄せる。
「何?」
「後悔しない?」
「くどいわ」
 ユリエルの言葉に、ラティスは頷いた。
「……、ありがとう」
 まさかお礼を言われるとは思わず、ユリエルはドキッとした。それをごまかすために、慌てて言葉を繋ぐ。
「さ、さぁ、帰りましょ!」
「一日もいなかったけど……」
「十分よ、お父様お母様にも挨拶できたし……、あぁ、そうだ、あなたをいじめたお姉さまたちはきつーくお灸を添えてきたから大丈夫よ」
 
 もしかして姉兄弟の中で最強はユリエルなんだろうか?と思いつつ、ラティスは考えるのを止めた。おそらく正解だ。

「帰ろう、ギルバに」
「えぇ」
 ユリエルの微笑みに、少しだけラティスが笑ったように見えたのは気のせいだろうか。

 
 *** ***
 
 
 2人は再び馬に跨った。
 今度は、ラティスが手綱を握る馬にユリエルが乗った。ユリエルが前に乗り、ラティスが後ろから支える形だ。
 
 そんな2人の後ろ姿を見ながら並んで馬を歩かせるカイとレーニアも嬉しそうだ。一時はどうなるかと思ったが。
「そういえば、レーニア、馬に乗れるんだな。侍女が乗れるって珍しくないか?しかもあんな早馬とか、正直ちょっとびびったんだけど」
「馬ぐらい乗れるわよ。だてに、騎士の家の生まれじゃないわ」
「あー、なるほど」
 納得したカイは再び前の2人に視線を戻した。

 
 馬に乗りながらユリエルはドキドキが止まらなかった。
 さきほど「好きだ」と言われたばかり。しかも、背中にラティスを感じる近距離。ここまで近い状態が長く続く事は今までなかったかもしれない。
 心臓の音がラティスに聞こえないかびくびくしていると声をかけられる。
「ユリエル」
「え、え、あ、何?!」
 明らかに上ずった声。ごまかしようがなかった。
「何か変なこと考えてる?」
 ラティスの言葉にユリエルが真っ赤になる。
「な、何よ変なことって!」
「口にしていいの?」
「だ、だめ!!!」
 別にそんなこと考えていなかったのだが、恐ろしいことを口にしそうでユリエルは慌てて止めた。

「ユリエル」
 もう一度名前を呼ばれる。
「何よ!」
 ごまかすにはもう怒るしかない。
「僕のこと好き?」
 ラティスの言葉に驚き真っ赤になる。しかも、彼の声はすぐ耳元で聞こえる。体が熱くてしかたない。ごまかすように慌てて声を上げる。
「し、知らないわよそんなこと!!」
「ふぅん」
 不満そうなラティスをよそに、なかなか素直になりきれないユリエルでした。

 20081201


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