暫し休憩の話

 フラーシアから、ギルバに帰る途中。
 ふと思いついたようにラティスが口を開く。
「あ」
 彼らはまだ馬に乗って移動を続けていた。
 フラーシアからギルバまでは1日で移動できる距離ではない。数日かけて移動するしかないのだが……。
「何?」
 ラティスの呟きに、彼の腕の中に納まっているユリエルが反応した。時間も経ったためこの体勢にも慣れたのか、ユリエルは普通に彼を見上げる。
 ラティスは相変わらずの無表情であったが、少し間を空けてから答えた。
「休憩しよう」

 
 *** ***

「……、ここは?」
 ユリエルは不思議そうな顔で目の前の状況を見ていた。
 目の前は白い何かがもわもわと漂っている。それは止まることをしらないのか、常に流れていく。そして、妙に温かい。
「温泉」
 ラティスがしれっと答える。
「おんせん?おんせんって、温かい泉って書く温泉?」
 ユリエルが不思議そうに尋ね返す。
「そう、その温泉」
 ユリエルの顔が見る見るうちに嬉しそうな表情に変わっていく。

 そう、この白いもわもわとしたものは湯気。
 ここは、温泉を観光資源としている国・ジオーネ。ギルバとフラーシアの真ん中あたりにある小さな国だ。内陸にありながら、大きな湖と山に囲まれた土地柄、独特の文化を持った国でもある。現在では、随分交通の便も良くなったのだが、少し前まではどことも国交を持っていなかったような国だったのだが、今では外国の観光客だらけでそんな過去があったのかと思うほどである。

「私温泉なんて入ったことないわ!」
 嬉しそうにはしゃぐユリエル。
「ラティスは来たことがあるの?」
「いや、僕も文献で読んだことがあるくらいだ」
 温泉が出てくる文献って何かしら?と思いつつも、目の前の湯気に気を取られてそれどころではない。こんな状態の場所を見たことがないユリエルにとってはあらゆるものが珍しくてしかたないのだ。
 ついついきょろきょろと辺りを見回すユリエルに、そっとレーニアが付きそう。
「ユリエルさま、ここは観光客の方も大変多いのでお気をつけください」
「あ、ごめんなさい、あまりに珍しくて」
 小さな子供のようにまわりに興味を示す、いつものユリエルならあり得ない行動に、レーニアも嬉しそうに微笑む。
「いえ、ユリエルさまが嬉しそうでよかったです。殿下も良いことをなさいますね」
 
 
 楽しそうにはしゃぐユリエルに、ラティスが衝撃的な一言を放つ。
「ユリエル、一緒に入ろう」
 言うまでもないが、相変わらずの無表情である。
 その言葉が一体どういうことかわからずユリエルが聞き返す。
「……、温泉というのは、お風呂に入ることと同等の意味よね?」
「あぁ」
 さらりと質問に対する答えを告げるラティス。
 その返事の数秒後にユリエルがカァっと赤くなり、声を上げる。
「そんなことできるわけないでしょう!?」
「夫婦なのに?」
「そんなの関係ありません!行きましょう、レーニア!」
 レーニアの腕を引っ張ってずんずん歩いて行ってしまうユリエルに、ラティスは無表情のまま見送った。いや、若干残念そうな表情に見えなくもなかった。

 
 女湯では、ユリエルとレーニアが話をしていた。
 色んな人が一緒になって1つのお湯につかるという状況に、最初こそ戸惑っていたが、ユリエルは順応が速い。どちらかというとレーニアの方が、ユリエルと共に湯につかるということに戸惑っているようだった。
 しかし、ユリエルが入っているところに、服のまま行くことができないと知ると、諦めて一緒に入ることにした。

「殿下とご一緒なさらないでよかったんですか?」
「な、何を言うのレーニアまで!他の人もいるのに無理に決まっているでしょう!」
 慌てるユリエルが首を横に振る。
「でも、小さな温泉でしたら貸しきることも……」
「そんなことしなくていいわ!」
 真っ赤になって嫌がるユリエルに、レーニアは少しだけラティスに同情した。少しだけ。

 
 一方男湯では、少し不機嫌そうな無表情ラティスと近衛騎士のカイが一緒に入っていた。当然カイは警護として入っているのだが。ラティスはつまらなさそうに岩にもたれかかっている。
 ここは主に露天風呂が多く並ぶところらしく、彼らも露天風呂に入っている。
 ぼんやりと空を見上げているラティスに、何か話かけなくてはとカイが若干挙動不審である。
「で、殿下、あの、……えーっと、ざ、残念でしたね!ユリエルさまとご一緒できなくぶわぁああ!」
 ラティスの無言のお湯攻撃を食らったカイは最後まで言えず撃沈した。

20081230


back

top

next

Copyright (C) Hanaori Suira All Rights Reserved.