侍女と騎士 1

 ここはフィデル王国、王宮、第1王子の部屋の前。
 鳥のさえずりを聞きながら、一人の侍女がその部屋の扉をノックする。
 明るい茶色の髪に一部を上に結わえ、残りはそのまま下ろしている。ふわふわとした髪が光を反射して輝く。大きな瞳は明るい紫色で、彼女の性格を現すかのように活き活きとしている。

 コンコンコン。

 軽く扉をノックする。
「おはようございます」
 そう声をかけると中から声が返って来る。
「おはよう、ミリア」
 その声を合図にするように、部屋の前にいた侍女――ミリアは部屋の扉を開けた。するとすぐにベッドにいた王子と目が合う。
 王子は艶やかな長い金色の髪に、青い瞳。とても優しい笑顔でミリアを見る。その笑顔に答えるように、ミリアは再び挨拶をする。
「おはようございます、殿下」

 これはミリアにとっても王子にとってもいつものことである。ミリアが2ヶ月前に王子付きの侍女になってからは毎日このやり取りをしている。

 そしてやはりいつもと同じように少し遅れて廊下に規則正しい足音が響く。そして、開いたドアの向こう側に1人の青年が現れる。ミリアには目もくれず、ベッドの上の王子を見る。
「おはようございます、アクスレイ殿下」
 青年はその言葉のあと目を伏せ少し頭を下げた。王子――アクスレイはそれをみるとやはり優しい笑顔で答えた。
「おはよう、ラキエス」
 ラキエスと呼ばれた青年は、騎士服に身を包み、腰には剣をさしている。ミルクティーのような髪の色に、目は深い青色。耳に細い石のピアスが揺れる。アクスレイの近衛騎士で歳はまだ若い。

 そして、ミリアに目もくれなかったラキエスがようやく、扉の側にいた彼女に目をやる。ミリアとラキエスでは身長さがあるため、彼女が少し見上げる形になる。
 ミリアはラキエスと目があうと、アクスレイに挨拶したときとは違う笑顔を見せた。
「おはよ」
 その軽い挨拶から2人が親しい仲であることがわかる。
「……、おはよう」
 ラキエスは少し目をそらしてからそう答えた。

 そんな2人の様子を見て、アクスレイが少し忍び笑いをした。それに気づいたラキエスが咳払いをし、アクスレイの側に寄る。
「アクスレイ殿下、本日のご予定ですが……」
 ラキエスがつらつらと予定を上げるのを、アクスレイはベッドから降りつつ聞いている。彼が降りたのをみるとミリアがラキエスの声を邪魔しないように静かにアクスレイの側に寄る。そして彼の着替えを手伝う。
 手伝うといっても、この王子はほとんどのことを自分でやる出来た王子のため、ミリアは今日着る服を手渡すぐらいしかない。
 あとは着替えている王子を邪魔しないように、綺麗な長い髪を整えるぐらいである。

 ラキエスが予定をいい終わるころには、アクスレイの着替えも終わっていた。そして、それを見計らうように扉をノックする音が響く。
「アクスレイ殿下、朝食です」
 入ってきたのは、別の侍女。黒髪を頭の上で結い上げていて、やはりミリアと同じ侍女服を着ている。ミリアよりもやや大人しそうな彼女は、朝食を乗せてカートを押してきた。
 ミリアはアクスレイから離れると、入って来た侍女を助ける。カートに乗っている朝食をテーブルの上に1つ1つ並べていく。美味しそうな匂いが部屋に広がる。温かいスープにパン、そして卵をつかったいくつかの料理、軽めの肉料理に、山のように詰まれた果物。
 それが並べ終わると、ミリアはアクスレイのために椅子を引く。
「どうぞ、殿下」
 にっこり笑ったミリアにアクスレイは楽しそうに笑う。
「ありがとう。あとは自分でやるから大丈夫だよ。また食べ終わったら誰かに声をかけるから」
 アクスレイの言葉にミリアともう1人の侍女は「わかりました」と答え部屋を出た。

 *** ***

「はぁ」
「どうしたの、マーノ」
 王子の部屋をでた瞬間ため息をついたもう1人の侍女――マーノにミリアが声をかける。
「まだ緊張しちゃって……」
 マーノは恥ずかしそうにそういう。彼女もミリアと同じく2ヶ月前に王子付きの侍女になったばかりだ。ミリアは1週間もしないうちに王子と接することにも慣れたが、マーノはまだ王子と接することに慣れないようだった。もともと男性と話すのも苦手という彼女のことなので、仕方ないといえば仕方ないのだが。
「まぁ、もう少ししたらきっと慣れるって。殿下は優しいし」
「うん、だといいな」

 フィデル王国第1王子アクスレイの人柄は国中でも評判である。笑顔が耐えないのは王家では当たり前なのだが、その笑顔も自然である。そして、何より王子は一般の人とも隔たりなく話す。
 以前それで王子に訴えた者の願いが通じ、とある村に橋がかかるということもあった。橋がないために簡単に行き来のできなかった村がその橋ができたことで医療、学校、その他多くの面で救われたと言う。
 まだ国王も健在であるため、アクスレイが王位に着くのは当分先だと言われているが、いつそういう時期が来ても不安はないというのが、国民の声だ。
 ちなみに第2王子もいるのだが、あまりに不出来な彼に国王が「勉強してきなさい」という一言で現在国外の学校で勉強中である。
 そのため今は「王子」あるいは「殿下」と言ったら、この国ではアクスレイのことを指す。

 2人はアクスレイの部屋のすぐ近くの控えの間に戻る。
 ここは王子付きの侍女が控えている部屋なのだが、今は2人しかいない。2ヶ月前に起こったある事件により、王子付きの侍女や近衛騎士が一斉に整理された。
 
 そこで、誰にも仕えていなかった侍女や騎士の中から、どういうわけか募集という形で王子付きの侍女や近衛騎士が決まった。もちろんその際にはどこの家の出かということや、以前他国に出たことがないかなど徹底的に調べ上げられたが。
 
 ミリアは大して侍女として出世することなどは考えていなかったが、単なる興味本位でこの募集に応募した。アクスレイ王子が有名な人格者であることも大きな要因だったが。
 そのことを思い出すとついでに、応募する前夜のことを思い出した。

『はぁ!?』
 それはまだ一介の守衛騎士であったときのラキエスの声。今でもはっきり思い出せる、ものすごい驚いた顔でミリアを見た。
『お前、王子付きの侍女になるなんて本気でいってんのか?!』
 2人はもともと幼馴染だった。ミリアの実家であるロークラン家と、ラキエスの実家、ノートリア家はとても仲が良く、小さい頃から遊んでいた。
 あるときミリアが王宮に侍女へ出ることになると、時を同じくしてラキエスも王国の騎士となった。
 そしてこの時は、ラキエスは王宮への門前を守る守衛騎士。
 ミリアは応募することに決めたことをラキエスに話に来たのだ。丁度夜警を担当している時に。
『本気よ?だって王子付きなんて楽しそうじゃない』
『はぁ!?楽しいわけあるか!今より仕事が大変になるだけだろ!』
『私この仕事嫌いじゃないし、別に大変になってもかまわないわよ?』
 首を傾げるミリアにラキエスが盛大にため息をつく。
『あんなことがあったばっかりだぞ。普通誰も進んでやりたがらない』
『だったら余計にやらなきゃ損だわ!』
『どうしてそうなる!』
 完全に頭を抱えるラキエスにミリアが首を傾げる。
『どうしてそんなに反対なの?』
『どうしてって……』
『別になるのは、私であって、ラキエスじゃないわよ?』
 そんなことはラキエスだってわかっている。きっとミリアは、どうしてラキエスが王国騎士になったかもわかっていない。
『あー、楽しみだな王子付きの侍女。あ、もしかして給金も少しは増えるのかしら?』
『応募したってなれるとは限らないぞ』
 ラキエスがそういうとミリアはにんまりと笑う。いやな感じがしてラキエスは眉をひそめる。
『なんかね、予感がするの。絶対になれるって』
 ミリアの<予感>。これはラキエスも昔から味わっている。この予感は大抵外れない。ラキエスはまたしても盛大にため息をつく。しかし、ミリアにそのため息は聞こえないらしい。
『王子付きの侍女になったら、もしかして王子に見初められて結婚とかあるのかしら!ほら、よく小説であるじゃない!』
 楽しそうに笑いながら言うミリアに、ラキエスが青ざめる。
『お、お前、王子が好みなのか……?』
『はぁ?何言ってるの、王子って言ったら誰でも一度は憧れる存在じゃないの!』
『……、あ、そう』
 ラキエスは本日何度目かの盛大なため息をついた。

「でも、ふと気づいたらラキエスも近衛騎士になってたのよね。人に散々文句を言いながら、自分は近衛騎士になる気満々だったなんて」
「え?」
 ミリアの小声の文句にマーノが反応する。
「あ、何でもない」
 笑って首を横に振る。
 
 マーノはミリアが侍女になってからの友人だった。ついでにいうとやはり、マーノが王子付きの侍女になったのはミリアの誘いによるものである。マーノも最初はあまり乗り気ではなかったのだが、ミリアの誘いに最後は折れて、結局応募することになった。
 結果王子付きの侍女は現在2人だけである。しかし、彼女たちも王宮全体の侍女頭に仕事を言い渡される立場であるので、その辺りは以前と変わりない。
 2ヶ月前は王子付きの侍女は10人以上いたようだが、一斉に解雇されてしまった。しかし、ミリアとマーノの2人になっても仕事はさほど苦しいというほど苦しくなかった。王子がほとんどを自分でこなしてしまうというのが一番大きいのかもしれない。
 決まった時間に起こしにいくことや、食事を運ぶこと、そして、お茶の時間にお茶を出すことや、部屋の掃除など、ごく普通の仕事量だった。

 *** ***

「本当に、君も苦労するね」
 2人の侍女が部屋を出て行ってから、アクスレイが側にいる近衛騎士――ラキエスに笑いながらそう言った。
「何のことでしょうか」
 ラキエスはなるべく表情がでないように気をつけて答えたが、アクスレイは笑うばかりだった。
「今でも思い出すよ、君を面接したときのこと」
「忘れてください」
「いやいや、もう君を見るたびに思い出すよ」
 面白そうに笑う王子に、ラキエスはため息をついた。

 この日は王子との直接面接をする日だった。
 ラキエスはミリアが王子付きの侍女になるということを聞いてから、迷うことなく近衛騎士に応募した。正直考えている場合ではなかった。あんなことを聞いてはぼんやり門を守っているのもあほらしかった。
『君の志望理由を聞かせてもらえるかな』
 王子にそう聞かれて、ラキエスは本当に困った。応募したはよかったが、そういうことは何も考えていなかった。
『……特にありません』
 そのラキエスの回答に、王子は少し驚いた顔をした。
『じゃあ、どうして応募したんだい?』
『……、門を守っているんじゃ遠すぎるので』
『何から遠いんだい?』
 王子の質問には答えなかった。
『王子が、侍女を見初めるということは本当にありますか?』
 質問をしたのに、突飛な質問が帰ってきて王子はさらに驚いたが、笑って答える。
『まぁ、世の中にはそういうこともあるみたいだけど?』
『……、そうですか。じゃあ、それが志望理由です』
 王子は少し考えた後、なるほどと頷いた。
『確か君は、ノートリア家だったね。ってことは、ロークラン嬢のことかな』
 ラキエスは、ハッとして目を少し見開いたが、またすぐに目を逸らした。王子はそれを見ると楽しそうに笑ってからこう言った。
『君は僕に媚を売ろうって気もないみたいだし、そして何より楽しませてくれそうだから、採用』
 王子も案外適当である。

 そういう理由と経緯でラキエスは近衛騎士になった。しかし、だからと言って仕事をサボるタイプの性格ではない。むしろ、なったからにはきちんと仕事をするし、真面目に働いている。そのせいか、王子からも信頼されている。
「君はもしかして、王国騎士になった動機も、同じ理由かい?」
 アクスレイの質問にラキエスは答えなかった。しかしそれがもう答えになったようだ。アクスレイは楽しそうに笑う。
「つくづく報われないねぇ」
(ほっといてくれ……!)
 心の中ではそう思いながらもラキエスは黙々と仕事をこなすだけだった。

 その時、コンコンコンと扉がノックされる音がした。
「どうぞ」
 アクスレイの言葉に扉が開く。入ってきたのは、派手に髪が立っている青年。暗い茶色の髪は天をに向いている。そして目を引くのは大きな金色のリングのピアス。ラキエスと同じ騎士服を着ていることから、近衛騎士だということは想像は付く。
「おはようございます、殿下。今日はいい天気っすね」
 軽い口調でやってきた彼にもアクスレイは特に気を悪くしなかったようだ。朝食を食べる手をとめて応える。
「おはよう、ガルダ」
 派手な頭の青年――ガルダは、にっと笑う。
「さ、今日も嫌味な大臣との朝礼です。一番の話題はやっぱり殿下の早期結婚についてみたいですね。王が国外に行ってるからってやりたい放題。毎日同じ話題でよく飽きないもんだ」
 わざとらしく肩をすくめてみせるガルダにアクスレイも笑う。
「まぁ、仕方ないさ。私ももう22だからね。父上が帰ってくるまでの辛抱さ」
 現在アクスレイの父である、現フィデル国王がハウサリスという国の結婚式に出かけているため、1週間ほどアクスレイが国政を任されているのだ。
「大臣の娘たちにも美人はいますけどねー、でも大臣の娘なんか選んだらどうなるかわかったもんじゃないっすからね。でも、殿下はどんな女性が好みなんですか?」
 ガルダはアクスレイの持っていくべきものを変わりに受け取りながら聞く。ラキエスはほとんどガルダの言葉は無視するかのように、必要書類に目を通していた。
「私の女性の好みか……。そうだなぁ……、明るい茶色のふわふわの髪に、大きな紫色の瞳の」
 と言ったところで、バサリと紙が大量に落ちる音がし、同時にカチャリと剣の音が鳴る。ふと気が付けば王子の真横に剣に手をかけたラキエスがいた。
 さすがの王子も降参と手を上げる。
「冗談だよ」
「1回は聞き流します、次はありません」
 丁寧な口調でそういったラキエスに、ガルダが笑う。
「聞き流せてねーよ」
「うるさい!さぁ、大広間へ参りましょう」
「とりあえず、その手を剣から離してくれると嬉しいな」
「いや、それよりも、ちらばったこの書類を拾えって」

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