侍女と騎士 2

「あ、朝礼にでかけられるみたい」
 外から聞こえた音にマーノが反応する。2人はゆっくりくつろいでいたが、その音を聞いて立ち上がる。
 ミリアがドアを開けると丁度ラキエスが声をかけにくるところだった。
「あ、ラキエス。今から朝礼?」
「あぁ。朝食食べ終わってるから片付けてくれ」
「えぇ」
 笑顔で頷いたミリアに、ラキエスは何か言いかけたが、口を開く前に自ら首を横に振る。
「どうしたの?」
「何でもない」
 そういうとラキエスは踵を返した。少し離れたところで待っていた王子ともう1人の騎士に合流し、朝礼のある広間へと向かっていく。
 その様子を見ていたミリアは首を傾げた。
「どうしたのかしら?変な顔して……」
 しかし結局彼女にはわからなかった。
「ま、いっか。マーノ、行きましょ」
「えぇ」
 2人はいそいそと王子の部屋へと向かった。

 
「ホント今日はいい天気ね」
 マーノの言葉にミリアも頷く。王子の部屋のバルコニーから見える景色はとても綺麗だった。城壁の向こう側はすぐ街が広がっていて、朝から晩まで賑やかである。とくに朝の市がある時間は人が押し合っているのが見えるぐらいだ。
「いいわね、朝市なんて」
 ミリアの楽しそうな言葉にマーノが首を傾げる。
「朝市?」
「あ、普通良家のお嬢様はいかないか」
 笑ってそう言ったミリアだが、ミリアの実家であるロークラン家も立派な貴族である。
「うちってほら、革新派じゃない。だから、女が家にいるだけっていうのをお父様が嫌がるのよね。だから、子供の頃からこういう街の市とかにでかけたりして、まぁ、社会勉強みたいな?そういうことさせられたの。私は好きだったけど」

 ロークラン家は貴族のなかでは少ない革新派である。革新派とは、今の社会の習慣や制度を改めたいと考えている一派だ。その反対は保守派で、多くの貴族や王家などもまた保守派である。
 現在革新派だと公言しているのは、ロークラン家とノートリア家のみであるため、良家の仲が良い理由でもあった。
 しかし今のところ革新派と保守派は強い対立はない。革新派ではあるが両家とも戦争を起こすようなことは考えていない。どちらかと言うと少しずつ考え方を変えていければいいと思っているらしく、現在国は安定している。

「そうなの?あんなにたくさん人がいるところに行ってしまったら迷ってしまいそうだわ」
 マーノが不安そうに外の市を見る。
「えぇ、よく迷子になったわ〜。しかも行ってたのが小さい頃だったから余計でね。でも、市には新鮮で本当においしいものがいっぱいあって、いっつもそれに目が釘付けになってたわ」
 そういったミリアにマーノがクスリと笑う。
「その頃から食べ物のことばっかり考えてたのね」
 普段のミリアを見ていてマーノは彼女がどれぐらい食べ物に目がないかを知っている。小さい頃のミリアを想像して笑ってしまったのだろう。
「だって美味しそうだったもんー。あ、殿下またフルーツ残してる!これ美味しいのに…あぁ、もったいない」
 そういいながら、カートにすべてのお皿を戻していく。また厨房まで戻さなければいけないからだ。

「じゃあ、私これ厨房に持っていくね」
 そういったマーノに、ミリアが慌てて駆け寄る。
「私も一緒に行く!」

 *** ***

「それで、ぜひとも王子にはうちの娘を……」
「いや、うちの娘のほうが王子には……」
「いやいや、うちの娘は王子の好みだと……」
 何人もの大臣の朝礼での発言。もう誰がアクスレイに娘を嫁がせることができるかという戦いになっている。
 そんな話の的であっても、アクスレイは笑顔を絶やさない。にこにことした微笑で、大臣たちのやり取りを見ている。その両脇にはラキエスとガルダの姿。そして他の騎士たちも何人かが広間にいる。
 ラキエスは金の懐中時計に目を落としている。ガルダのほうは何かを必死に紙にメモっているようだった。大臣はそんな近衛騎士たちには興味がない。
 ひたすら王子に向かって「うちの娘を」と言っている。残念ながら王子はうんともすんとも言わないが。

「殿下!聞いていらっしゃいますか!?」

 1人の大臣がしびれを切らしたように声を上げた。
 しかしその瞬間、ラキエスも顔を上げる。
「殿下、時間です」
「あぁ、わかった」
 ラキエスの言葉に頷くと、アクスレイは立ち上がって大臣たちに微笑む。
「私の結婚については父に一任しておりますので、お戻りになるまでどうぞお待ちください」
 そういうと、近衛騎士2人を連れて広間を出て行った。
 残された大臣たちは、一斉にため息をつくしかなかった。

「毎日毎日おんなじことばっか言って何が楽しいんだか」
 歩きながらガルダが手を頭の後ろにやり伸びをしつつ文句を言う。
「毎回おんなじことを書かされるこっちの身にもなってほしいね」
 そうガルダは朝礼中ずっと書記をしていたのだ。立ちながら……。朝礼では普段書記はいないのだが、国王が不在ということもあり念のためとっているのだ。
「ラキエスたまにはかわれよ、俺ばっかり書記ってひどいだろ!お前楽すぎ!」
「負けるお前がわるいんだろ。たまには勝ってみろよ」
「きぃいいい!!見てろーー!!今日のチェスは勝つ!!!!」
 彼らは毎回この朝礼の仕事分担は夜にやるチェスで決められていた。当然昨日もチェスをしたのだが、ラキエスの勝利で終わり、今日もラキエスが時間を見る係りで、ガルダが書記となった。

「今日の夜はチェスはしなくていいよ」
 アクスレイの突然の言葉に近衛騎士たちが同時に振り向く。
「どうことですか?」
「まさか俺らクビっすか?」
 戸惑いを見せる彼らにアクスレイは少し笑う。
「せっかくいい騎士をみつけたのにクビになんかしないよ。そうじゃなくて、この仕事についてからずっと休みなしだっただろう?だからそろそろ一度休日をあげなきゃいけないと思ってたんだよ」
 アクスレイの言葉にガルダは「おぉ!」と声を上げたが、ラキエスは眉を寄せる。
「何故急に?しかもこの陛下のいない時にそのようなことをなさらなくてもいいと思いますが」
「べつに2人一緒に休暇を出すわけじゃないよ。それに休暇といっても出せて1日だろうし」
 しかし、実際彼らが近衛騎士になってから休日は一度もなかった。毎日彼の側にいて何かしらしていなければならなかった。それは近衛騎士が2人しかいないということが理由にもなっている。
「そういうなら、近衛騎士を増やしてください」
「出来たらやってるよ」
 近衛騎士に志願した者はもっと大勢いたようなのだが、王子の目にとまったのはこの2人だけだったらしい。
 返す言葉がなくラキエスは口を閉じた。
「と言うわけで、明日はラキエスが休日。その分ガルダには働いてもらうよ」
「げげっ!ってこたー明日は大臣のくだらない言葉を書きつつ時計かっ!」
 面倒くせーといいながらもガルダは「了解しましたー」と付け加えた。ラキエスのほうはまだ少し不満そうだったかが、少しした後「わかりました」と頷いた。
 2人の言葉にアクスレイは小さく頷く。
 そして、言葉を付け加えた。

「あぁ、そうだ。明日は、ミリアも休みだよ」

 ラキエスが廊下でつまずきそうになったのをみて、アクスレイが楽しそうに笑った。

 
 *** ***

 夜はアクスレイから待機している必要はないと言われているため、ミリアもマーノも各自によういされている部屋に戻る。王子の部屋からは少し離れていてはいるが王宮内にあり、その階には他の侍女たちの部屋もある。
 マーノと別れてミリアは自分の部屋に戻った。
 侍女服から夜着に着替えるとふと何か予感が働く。椅子にかけてあったストールを羽織り、部屋を出る。部屋を出て他の階と繋がる階段へ足早に進む。
 真っ暗な王宮は多少怖いところもあるが、ミリアは自分の予感を信じて行動する。
 そして、階段の側で1人の影を見つけて、微笑んだ。
「やっぱり」
 ミリアの声にその影がすっと彼女の側に寄る。
 見えたのは見慣れた顔の人物――ラキエスだ。
「よくわかったな」
「予感が働いたの。きっとラキエスが待ってると思って」
 笑って言うミリアに、ラキエスが困ったように微笑む。
「どうしたの?何かあった?」
 不思議そうに見上げてくるミリアに、ラキエスが少しばかり後退する。よく見れば彼女は薄い夜着にストールを羽織っただけ。本来ならそんな格好で部屋の外へ、しかも男性と会うなど未婚の女性がすることではない。
「……、いつもそんな格好でうろうろしてないだろうな……」
「へ?あぁ、いつもはこれに着替えたら寝るだけだし、しないよ。今日はもう寝ようと思ったところで、予感がしたから来たの。来ないほうがよかった?」
「そんなことは、ない……」
 言葉に詰まった感じのするラキエスのしゃべりかたにミリアはクビをかしげる。
「どうしたの?やっぱり何かあったの?何か、いつもと違うけど」
「いや、……、明日」
 とそこまでラキエスが言うと、ミリアが「あっ」と声を上げる。
「そうだった!明日!ね、明日ラキエスも休みなんだよね?!私朝市に久しぶりに行きたいんだけど!」
 ラキエスが必死になって言おうとしていたことをミリアはさっと口にする。彼女としてはもうラキエスと一緒に行けると信じているらしく、彼の答えは聞いていない。
「今日ね、殿下の部屋のバルコニーから朝市を見たの。そしたらなんだか行きたくなっちゃって。昔よく迷子になったわよね!」
 楽しそうに言うミリアにラキエスの表情もゆるむ。
「あれはオレじゃなくてお前のせいだけどな。いっつも何かしら食べ物につられて、すぐにオレから離れるし」
「しょうがないでしょー!だって美味しそうだったんだもん。でも、明日はきっと大丈夫よ。もう子供じゃないし」
 そう自信満々に言ったミリアをラキエスは笑った。
「だといいけどな」
「ふふん、大丈夫よ!じゃあ、明日朝8時にここでいいかしら?」
「あぁ、わかった」
 ミリアの提案にラキエスは頷いた。
「楽しみね!じゃあ、また明日!」
 元気よく手を振って戻っていくミリアに、ラキエスは軽く手を振った。
 そして、ホッと息をつく。と同時に少しため息をついた。

「あの頃のまま、か……」

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